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広島地方裁判所 昭和53年(ヨ)539号 決定

債権者

別紙(一)債権者目録記載のとおり。〈略〉

右訴訟代理人

恵木尚

外五名

債務者

広島市

右代表者

荒木武

右訴訟代理人

岡咲恕一

外七名

主文

一、本件申請を却下する。

二、申請費用は債権者らの負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一債権者らにおいて

債務者は別紙(二)物件目録記載の土地に建設中の道路およびこれに付属する工作物の建設工事を中止し、これを続行してはならないとの裁判

二債務者において

主文同旨の裁判

第二当事者の主張

一債権者らにおいて

別紙(三)の申請の理由記載のとおり。

二債務者において

別紙(四)答弁記載のとおり。

第三当裁判所の判断

一本件記載によると、次の事実を一応認めることができる。

(一)  広島市北部から同市中心に至る主要道路としての一般国道五四号線(以下「五四号線」という。)は近年に至りこの沿線における宅地開発による入口増が極めて著しく、この地域と広島市中心部との間の自動車交通は五四号線によらざるをえないため、五四号線およびその周辺道路(五四号線からはみ出た自動車による。)における自動車の交通渋滞は深刻な事態にたちいたつている。こうした状況から昭和五一年三月三〇日広島市議会定例会において五四号線の交通対策の改善を求める決議案が採択され、その後債務者は昭和五三年三月二三日国、広島県と協議のうえ、五四号線およびその周辺道路の交通緩和を図るために、国において計画中のいわゆる祇園新道の供用開始までの間の暫定的措置として、安芸大橋下流から祇園大橋までの間の太田川右岸堤防上を道路として整備するとともに、祇園大橋南詰から大芝三丁目一番地先に至る市道を拡幅整備する等の基本方針を決定した。

(二)  右基本方針に基づき、広島市長は広島市議会の議決を経て昭和五三年七月一一日次のとおり市道の路線認定をしその旨公示した。

1 祇園区四八三号線

祇園町大字長束字紺屋六四七番地の一先を起点とし、祇園町大字東原字小原六八〇番地の一先を終点とする。

2 祇園区四八四号線

祇園町大字西原字糀屋一五五三番地先を起点とし、祇園町大字西原字五軒屋沖一四〇二番地の一先を終点とする。

(三)  広島市長は昭和五三年九月二五日中国地方建設局長から別紙(二)物件目録記載の土地の占用、工作物設置および土地の形状変更に関し河川法二四条、二六条、二七条の規定に基づく許可を得て、同月二九日本件道路工事について業者と請負契約を締結し、同年一〇月二六日工事に着手した(完成予定は太田川の右岸部分の工事につき昭和五四年一月一五日、太田川左岸部分の工事につき昭和五三年一二月二〇日)。

(四)  広島市長は昭和五三年一一月一六日次のとおり市道の区域決定および区域変更をなしその旨公示した。

1 区域決定

(1) 祇園区四八三号線

敷地の幅員 4.00m〜17.50m

敷地の延長 2537.00m

(2) 祇園区四八四号線

敷地の幅員 4.00m〜17.00m

敷地の延長 529.00m

2 区域変更

(1) 八区二二六号線

変更区間 大芝三丁目一番地先から大芝三丁目一番地先まで

旧幅員 8.50m〜11.00m

旧延長 16.50m

新幅員 11.00m〜14.00m

新延長 16.50m

(2) 八区二二七号線

変更区間 大芝三丁目三番地先から大芝三丁目一六番地先まで

旧幅員 6.50m〜17.00m

旧延長 115.00m

新幅員 11.00m〜22.00m

新延長 115.00m

(3) 祇園区四四六号線

変更区間 祇園町大字長束字長和久一五番地先から祇園町大字長束字長和久二五番地二先まで

旧幅員 3.00m〜4.00m

旧延長 51.00m

新幅員 4.00m〜9.50m

新延長 51.00m

(4) 祇園区四四六号線

変更区間 祇園町大字長束字下中通二四一番地一先から祇園町大字長束字下中通二三一番地一先まで

旧幅員 3.00m〜4.00m

旧延長 115.50m

新幅員 7.00m〜9.50m

新延長 115.50m

(5) 祇園区四四六号線

変更区間 祇園町大字長束字下中通二三一番地一先から祇園町大字長束字下中通二一八番地五先まで

旧幅員 3.00m〜3.60m

旧延長 98.00m

イ新幅員 3.00m〜3.60m

新延長 98.00m

ロ新幅員 2.20m〜4.00m

新延長 91.00m

ハ新幅員 2.00m〜2.20m

新延長 13.00m

(6) 祇園区四四六号線

変更区間 祇園町大字長束字下中通二一八番地五先から祇園町大字長束字紺谷六四七番地一先まで

旧幅員 2.50m〜3.60m

旧延長 105.00m

新幅員 6.50m〜10.60m

新延長 105.00m

二右認定の事実を基礎として考察する。

(一)  本件道路工事は広島市長による道路認定およびこれに続く区域決定ないし区域変更および道路敷地に対する権原の取得に基づいて広島市長が建設業者と工事請負契約を締結しこれにより施工されているものである。(本件においては権原の取得および工事の施工が区域決定ないし区域変更に先行しているが差支えない。)

ところで、道路の区域とは道路を構成する土地の幅員および延長(長さ)に、よつて示される敷地の範囲であり、道路の区域決定とは新たに路線認定がなされた場合に道路の区域を決めることをいい、道路の区域変更とは従来の道路の区域に新たな区域を追加し、または従来の道路の区域の一部を廃止してこれに代るべき新たな道路の区域を決定することをいい、幅員を拡げて道路の改築工事を行うことは区域変更に該当する。

しかして、道路の区域決定(区域変更の場合も同様と解される。)がなされると、その後供用が開始されるまでの間は、道路管理者がその敷地の権原を取得する以前においても、何人も、道路管理者の許可を受けなければその敷地の形態を変更し、工作物を新築し、改築し、増築し、もしくは大修繕をなし、または物件を付加増置することはできなくなるし(道路法九一条一項)、また、道路の区域決定がなされると、その後道路の供用が開始されるまでの間においても、道路管理者がその敷地について権限を取得した後においては、その敷地またはその敷地に設置された道路の付属物となるべきものは、道路予定地と称され、供用開始後の道路に準じた法的取扱を受ける(道路法九一条二項)というように、道路の区域決定がなされるとその敷地に関する権利に対し制限が課され(なお、別紙(二)物件目録記載土地は債務者が既に権原を取得しているので右の道路予定地に該当する。)、また、区域決定による制限により損失を受けた者がある場合においては、道路管理者はその者に対し、通常受けるべき損失を補償すべきものとしている(道路法九一条三項)。

右によると、道路の区域決定ないし区域変更は国民の権利義務に直接影響を及ぼす行政庁の権力的行為であるから抗告訴訟の対象となる行政庁の処分に該当するというべきである(東京高等裁判所昭和四二年七月二六日判決、行政事件裁判例集一八巻七号一〇六四頁)。

(二) 本件仮処分申請は本件道路の配置計画自体の瑕疵を主張してその建設工事の続行禁止を求めるものであるが、このような仮処分は結局道路の区域決定ないし区域変更という行政処分の実効性を失わせ実質上その効力を停止する作用を営むこととなる。従つて、このような仮処分は行政処分に対する仮処分を禁じた行政事件訴訟法四四条により許されないものといわなければならない

三そうすると、本件仮処分申請はその余の点について判断するまでもなく失当である。よつて、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。 (三浦宏一)

〈別紙(一)、(二)、(四)省略〉

別紙(三)  申請の理由

第一、当事者

一、債権者

債権者らはいずれも別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)上に建設中の道路(以下「本件道路」という)の周辺に居住する住民であり、本件道路の建設によりその生命、健康、生活環境、自然環境等に甚大な被害を蒙らざるをえない立場にある。

二、債務者

債務者は本件道路建設を行い、建設後はその維持管理を行わんとするものである。

第二、本件道路計画について

本件土地は終戦後より始まつた大田川治水事業の一端として昭和三七年頃建設された祇園町東側の大田川右岸の堤防上に位置する。建設されて以後建設大臣の管理下に置かれてきたが、昭和四七年頃より中国地方建設局は本件土地の河川遊歩道化をすすめ、幅員三メートルのアスフアルト舗装の遊歩道を本件土地の東側(河川側)に設け、サイクリングやハイキング、散歩等広島市民の健康維持増進に役立てるため一般に開放した。以後現在に至るまで本件土地は債権者ら付近住民はもとより広島市民全体の憩の場として定着し、広島市には数少ない広域自然環境地域として注目され活用されていた。

ところが債務者は昭和五三年に入いり国道五四号線の交通渋滞緩和策として本件土地を国道五四号線の干回路として暫定的に(昭和五八年の祇園バイパス完成まで)使用することを計画し、同年六月一四日付にて建設大臣に対し本件土地の占用、工作物の設置及び土地の形状変更について河川法第二四条、同法第二六条、同法第二七条第一項の規定に基づく許可を求め同年九月二五日中国地方建設局長よりその許可を得た。そして債務者はその間債権者ら付近住民と対話の機会を殆んど設けないまま、債権者らの不安をよそに本件道路建設準備を一方的にすすめ、同年一一月初旬から本件道路建設工事に着工した。

第三、本件土地環境とその利用状況

一、本件土地環境

本件土地の主要部分(主要部分と断わつたのは本件土地の両端が一部大芝地区、東原地区にかかるからである)は広島市祇園町長束、同町西原地区の東側の大田川右岸で祇園大橋北詰より大正橋南詰に至る堤防上の天井敷に位置する。

祇園町長束、同町西原地区はかつては田畑の多い耕作地帯であつたが、広島市中心部紙屋町より直線にして約四キロメートルという近郊性に着目され早くから(昭和三〇年代)広島市のベツトタウン化がすすみ、現在ではマンシヨンや大小の住宅が建立する新興住宅地となつている。都市計画法による用途指定も、その殆んどの地域が住居地域に指定されており閑静な場所である。

本件土地及びその宛辺の現況は次のとおりである。

堤防上の幅員は場所によつて広狭はあるがほぼ七メートルあり、その内東側(河川側)約三メートルに前述したアスフアルト舗装の遊歩道が設置され、また西側(住宅側)約四メートルが本件道路建設予定地である。この予定地部分は現在種々の背高の極めて低い草が生え、芝生様になつている。本件土地は堤防上に位置するため住宅街の二階窓と並ぶ高さがあり、住宅地域からはどこからでも自由に段々や斜面を登つて本件土地内に入いれる様になつている。また各所になだらかな斜面がついており自転車も自由に入いれる。しかし、自動二輪車以上の車輛は進入禁止になつており、専ら人と自転車のみに開放された土地である。堤防上と住宅の距離は数メートルから十数メートルといつたところで堤防が高いため真近な感じを与える。

本件土地の東側(河川側)は、まず河川敷へ下る上は土面、下はセメントタイル面の斜面があり、その下に広いところで七〇メートル、狭いところでも四〇メートルの幅員をもつ河川敷がある。この河川敷はやはり下草が生え、一部交通公園やソフトボール場になつているが殆んどは空地である。

本件土地から見る風景は、まず西方(住宅側)は祇園町の家並が拡がり、その向こうに武田山、山本の奥の山々、三滝山といつた四〇〇〜五〇〇メートルの峰が続く。北方は本件土地が大田川に沿つてかなたまで続く先に、赤いアーチの安芸大橋を経て阿武山、二ケ城山が拡がる。東方(河川側)は河川敷を経て鏡の様な川面をたたえた大田川が南北に伸び、その向こうに戸坂側の河川敷(ゴルフ場や野球場となつている)が拡がり堤防敷を経て牛田新町、天水、戸坂の家並が点在するのが見られ、背後に牛田山がどつかりと腰をすえている。

南方は本件道路がかなたに続く先に祇園水門を経て基町高層アパート群等広島中心部の高層ビルが見える。この様に本件土地からは東西南北いずれの方向にも見通しの深い広々として景色がながめられ、特に北方から東方にかけては緑に包まれたパノラマが楽しむことができる。静寂にして風は新鮮で広島市内中心部から約四キロメートルの距離にこんな場所が残つていたのかと感嘆させられるのどかな風情が楽しめるところである。

二、本件土地の利用状況

1 子供の遊び場所

本件土地及びこれに続く河川敷は人と自転車のみに開放された交通禍のない安全な場所であるから、子供の遊び場として格好のところとなつている。特に祇園町長束、同町西原地区には公園は一カ所しかないため、平日の午前中は幼稚園児が保母と一緒に遊ぶ姿、幼稚園に上がる前の幼児が母親と遊ぶ姿が随所で見られる。子供を放つておいても安全であるため、母親同志のコミユニケーシヨンの場と発展することもしばしばである。遠くは祇園町山本の方からも子供を連れてくる母親も少くない。

午後になると学校帰りの児童生徒、帰宅後遊びにきた児童生徒が、走つたり、自転車に乗つたり、また河川敷ではサツカー、キヤツチボール、バトミントンといつたスポーツを楽しんだりという姿が随所に広がる。夕方ころからは子供達だけでなく大人も、散歩、犬の運動、マラソン(付近住民の中で「走ろう会」という老若男女を問わぬマラソン愛好グループができている)にと本件土地を利用し、終日債権者ら付近住民の健康維持増進、憩の場として活用されている。

その他、本件土地は広島市内の学校より遠足コースとしてしばしば利用され、またサイクリングを楽しむ若者、家族連れが多く訪ずれ、付近住民のみならず広島市民全体の憩の場として活用されている。

2 通勤、通学路

本件遊歩道は祇園東中学校、原保育所と隣接しているため、同中学、同保育所の生徒、園児はその多くが安全なこの遊歩道を通学通園路として利用している。午前八時頃からは徒歩や自転車で登校する中学生の姿で一杯になる。また、祇園町以北から広島市内への自転車による通勤通学者も全て安全にして清浄な空気を満喫しながら自転車を走らせることができるこの遊歩道を利用している。

3 生活に溶けこんだ環境

本件土地は季節を通して眺めると、春はこの堤防敷全体につくし、よもぎが生えるのでこれを摘みにくる親子連れの姿が随所に見られ、夏は河面をわたる涼風を楽しむため夕涼みに出る人が多く見られ、秋は子供達の虫を採集するため籠や網をもつて走る姿が多くみられ、冬の暖かい日は日なたぼつこをする幼児の姿が見られる。本件土地は今や季節を通じて債権者ら付近住民の生活と切つても切り離せないものとなつている。

第四、本件道路建設計画の問題点

一、環境影響事前評価を実施していないこと。

債務者の予測によると本件道路は、国道五四号線の交通量の二割を受け入れ、一時間当り七〇〇台余り、ピーク時には九〇〇台もの車輛が通行するとされている。また本件道路は住宅街より高い所を走ることになり、後述の如く相当の被害が予想されるところであるのに、債務者はこの計画について、自動車通行に伴う騒音、排気ガス、振動、電波障害等について何らの調査をも行つていない。

加えて本件道路は堤防上(天井敷)に建設される。

この堤防は昭和三〇年代半ばころ河畔の住民から堤防用地を売収した際、堤防以外の用途には使わないという約束がなされたいきさつがある。よつて道路として利用することが契約違反であると共に、この堤防は昭和三七年の築造の際天井敷を道路として利用することは考慮されていない。

堤防築造術というのは、大水がでた時何千トンという水の力に耐えなければならないのであるからその力学的バランスというのは微妙なものである。

道路使用を念頭に置かずして築造された堤防について、爾後天井敷のみを急拠道路として変更し、その上を一日何千台という自動車が通過することにより生ずる重圧の影響は少なからず大であると考えられる。何万トンという車が走ることが堤防の本来の機能からいつてベターである事は絶対に無い。この祇園町長束、同町西原地区は大田川の流れからいつて、この堤防築造以前は毎年のように決潰した水害の歴史をもつている所である。

特に、堤防への影響ということは慎重に調査すべきところ、債務者は何らの調査も施していない。以前の経済発展優位の開発から、自然との調和への開発に、更には自然を保護しできるだけこれを尊重し有効利用をはかることが国の重要課題であるという認識にまで国の施策は変容をとげている。昭和四七年には自然環境保全法が制定され、環境配慮の義務が規定され、更には開発計画の策定や工事の実施には環境アセスメントを実施することを義務づける法律の立法化が真剣に討議されているさなか債務者の態度は驚くべき怠慢であり、ずさん極りないものである。

二、被害予測、本件道路の有効性については別項を設ける。

第五、本件道路建設により予測される被害

一、子供の遊び場、大人の憩の場を奪う。

本件道路は本件土地の西側(住居側)に建設されるため、子供が遊歩道、河川敷へ行くためには本件道路を横断しなければならなくなる。

ところで、本件土地は堤防であるから中国地方建設局は信号機の設置は殆んど認めない方針である。よつて子供の道路横断には大変な危険が伴ない、子供に事実上遊走道や河川敷で遊ぶことはできなくなる。外に遊び場のないこの地区の子供達は生命の安全を考えれば家で遊ぶ以外なくなるであろう。児童福祉法の精神からも明らかなように「子供は全て健やかに育つ権利」を有するところ、本件道路建設によつて、この地区の子供達はすでに得ていた健やかに育つ権利を奪われてしまうのである。これは子供達の幸福追求権(憲法第一三条)に対する重大な侵害行為である。

また遊び場を失つた子供達の幾らかは親の注意にもかかわらず、道路を渡つて遊歩道や河川敷へ行くことになるのは必至である。信号機のない道路を渡つて行くのである。子供達の生命身体の危険はもはや抽象的危険にとどまらない。極めて蓋然性の高い生命身体への侵害の危険がそこにある。

その他、今まで第三の二でのべたような本件土地からえていた債権者らの利益の殆んどは奪われてしまう。

二、遊歩道利用の危険性

通勤通学に、またサイクリングに、また遠足に、マラソンにと利用されていた遊歩道は、その機能の殆んどが奪われてしまう結果となる。

まずこの遊歩道に渡るため本件道路を渡らなければならない。危険と抱き合わせとなる。遊歩道を徒歩で、あるいは自転車でゆく時、車の排気ガスを存分に吸わされるはめに陥いる。また本件道路と遊歩道はガードレール等ではしきることができないため(堤防であるから中国地方建設局はガードレールでしきるのを認めない)、いつ車が飛び込んでくるかも知れない。

事実上、現在の様な遊歩道利用は殆んどできなくなつてしまう。

三、排気ガス、騒音、振動等

本件道路が一時間七〇〇台余、ピーク時は九〇〇台もの車輛を受け入れる予定であるとの報告があることは前述のとおりであるが、本件道路が高い位置にあることも相まつて、排気ガス、騒音、振動等の侵害から債権者ら付近住民に対し相当もたらされ付近住民の健康被害、精神上の被害、財産上の被害が生ずることは必至な状況である。

四、車輛落下からくる本件道路との隣接住民への危険

本件道路建設につき中国地方建設局は債務者に対し堤防であることからガードレールの十分な設置を認めない。債務者もこれを受けてガードレールはごく家屋が道路に近接している個所に必要最少限度しかつけられないと説明する。

車が堤防から落下する危険は、ガードレールがつけられないことにより更に増大する。一度事故がおこれば住宅に突つこみ大事故になる事必至である。本件道路隣接住民にしてみれば常にそういつた不安に苦しめられなければならないのである。

五、堤防決壊の危険

本件道路予定地の太田川右岸付近は堤防築造前は毎年の様に決壊してきた水害の歴史があること前述のとおりである。三、四年前の台風の時も本件土地(堤防天井敷)の下二メートルのところまで増水し、濁流があふれんばかりの様相であつたが、この様にこの地区は治水という面から見ても相当深い配慮をしておかないと再びとりかえしのつかない水害をひきおこす危険が大きい。

住宅地域と変様したこの地区で堤防決壊が生じた場合大惨事となり、債権者ら付近住民の多くの生命、身体が奪われることは明らかである。

堤防は空地なのではなく、それ自体治水という大きな役割を果たしているのである。「堤防の上が空いているじやないか、車を通せ」といつた短絡的な思考は厳にいましめられなければならない。

第六、債務者のいう暫定性、有効性の偽瞞

一、暫定性の偽瞞

債務者は本件土地の道路使用は昭和五八年完成予定の祇園バイパス開通までの暫定的使用だと機会あるごとに言つているが(用地買収に手もつけていない祇園バイパスが昭和五八年に完成することは極めて困難であるが、この点は一応おいておくとしても)、祇園バイパスが開通してもその頃には可部町、安古市町、沼田町、等の人口が増し、国道五四号線は一向に緩和しないとの公的機関による報告がある(昭和五二年一〇月一二日広島都市圏鉄道整備連絡協議会報告)。この報告をもとにすれば現在一応本件土地は暫定的に使用すると言つていても、祇園バイパス完成後も引き続き本件土地を道路使用し、結局永久的に使用されてしまう可能性が大きい。一度毀れてしまつた環境は容易に元に戻らないことは幾多の先例が示すところである。

二、本件道路が渋滞緩和に有効だとの理論の偽瞞

国道五四号線に流れてくる車の一部を本件道路に流してみても結局それらの車は全て祇園大橋に再集合することになるのだから、交通渋滞緩和は有りえない。祇園大橋、及びその先の広島市内中心部へ続く道路を全て整備しなければ交通渋滞の緩和はない。本件道路の建設だけを何故この様に急ぐのか債務者の意図は不明である。

三、本件土地は現状のままで交通渋滞緩和に一役果している。

債務者は国道五四号線の自動車をどうさばくかという事のみに目を奪われている。祇園以北から祇園大橋以南に向かう自転車による通勤通学者は全て安全な本件土地を通る。本件土地は国道五四号線から自転車を排除する作用を果しているのである。

四、債務者の道路行政の無計画性

国道五四号線の渋滞は前々から言われてきたことであり、前述の通り渋滞緩和への有効性の乏しい太田川右岸道路建設を債務者が多くの権利の犠牲の上に強行しようとしているのは日増しに強くなつている債務者の国道五四号線に対する無策ぶりへの非難のほこ先を代わすためのものでしかない。しかしこの様な無計画な道路行政がいつまでも許されるべきではない。自然環境との調和の保たれたしかも有効にして犠牲の少ない行政を長期的な計画の中で考え直すべきである。

第七、保全の必要

本件道路の建設はすでに着工されており本案判決を待つていては債権者らの権利は侵害されてしまい回復しがたい損害を受ける。

よつて本申立に及んだ次第である。

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